2011年4月17日日曜日

テーマ

辻井伸行さんのコンサートの帰り、Symphony駅に立つと、見覚えがある顔。
「お久しぶり、Fです」

ハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院のWellman光医学研究所で、
造血幹細胞の研究をされている、血液内科のF医師。
「高校時代からのマブダチやねん」と言って、Fを紹介してくれたのは、
ビジネス・スクールの受験仲間だったN。
Nと私が、キャリア・フォーラムでボストンに行った際、
Fの家で、Nと3人で夜遅くまで、進路について語り合ったこともありました。
それは、つい一昨日のようでしたが、4年の月日が流れていました。

MGH駅の前を通る度に、Fはどうしていらっしゃるだろう、と考えていましたが、
こんなタイミングで再会するとは。

「さっきのコンサート中、Mama2Bが来てるんじゃないかと思ってたんです。
  いや、嘘じゃなくて、本当にそんな気がしてたんだよ。
  日本に帰る前に、絶対にまた会いましょう」

1週間後の金曜日。
トリニティ教会の前の魚料理屋で席に着くと、
FはAssistant Professorに昇進することを教えてくれました。

それは本当に良かった。
これまでの長い道のりを、頑張って歩いてきた甲斐が、ありましたね。

「自分の仮説は、5年少し前にボストンに来た時から、すでに出来上がっていたのです。
  それを信じてくれない人たちを、実験で証明しながら説得していく、地道なプロセスでした。」

朝焼けは、夜明け前の空が一番美しいように、
研究も、一番面白いのは、仮説を立てるところかもしれない、とFは言いました。
その仮説を立証して過程は、夜が明けた後の空に似て、
もはや、当たり前のことでしかないのだと。

氷の上にオイスターを盛った皿が運ばれてきたとき、
Fは、大きな目をさらに見開いて、訊ねました。
「Mama2Bにとっての、人生のテーマは、何ですか?
  何があなたをそんなに駆り立てているのか」

私は面喰ってしまいました。
これまで、ふわふわとした道のりを歩んできた私に、何か一貫したテーマがあっただろうか?
キャリアでも、研究でも、結婚でも、クラゲのように流されてきただけでは、なかったか。

「Fにとっては、何でしたか?」
そう訊き返すことしかできない、自分を恥じながら。

一瞬考えて、Fはきっぱりと言いました。
「僕は、愛情だと思う」

私は、もう一度、面喰いました。
彼の意味する、愛情、という言葉を掴みかねて。
そして、臆面もなく、愛情、という言葉を使える、Fの純粋さに。
その年甲斐のなさに。

それは、家族に対する愛情ですか、
誰に向けられたものですか。

「命そのものに対する、愛情、だと思うんだよね」

自分たちは、いつかは死ぬけれども、
命のメカニズムを、見つけ出して、それを残すことで、
誰かを愛することになるのだ、とFは言います。

その時、私は、Billy JoelのLullaby、という歌を思い出していました。
7歳の娘に、「人は死んだらどこに行くの?」と訊かれた歌手は、
「人間は死んだら、自分が愛した人の心に残るんだよ」と答えました。

"Someday your child may cry, and if you sing this lullabye
  Then in your heart, there will always be a part of me


  Someday we'll all be gone, but lullabyes go on and on
  They never die, that's how you and I will be"


そして、私に子守唄を歌ってくれたであろう、
25年前、研究者としてのキャリアを捨て、
臨床医として家庭を守ることを選んだ父を、
思い出していました。

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